2026/06/24 16:05

押忍、藤本です。

最近、フィジカルAIの話題をよく耳にします。イーロン・マスクをはじめ、世界中でロボットや自律型AIが物理空間で動く未来が語られていて、「ホワイトカラーの次はブルーカラーの仕事も奪われる」という声も増えてきました。

私はこれまで、エンジン組み立て、自動車部品の製造、印刷業、木工、など、ものづくりの現場にずっと携わってきました。そして今は、企業のDX支援・AI活用サポートを生業としています。現場を知り、かつAIの側にも立ってきたからこそ、こういうことが言えると思っています。

画面の中のバグは再起動で直る。でも物理の現場は違う

ソフトウェアならバグが出ても再起動すれば直ります。データが壊れてもバックアップがある。

でも製造の現場はそうはいかない。不良品が出れば、それはもうそこにある。材料は使われ、工程は消費され、場合によっては事故が起きます。「元に戻す」ボタンはどこにもない。

フィジカルAIを語るとき、この根本的な違いをもう少し丁寧に扱ってほしいな、と思うことがあります。

製造の現場って、実はすごく複雑なんです

製造業をやっていると分かるんですが、機械というのは放っておくと不良を出そうとします。

オペレーターの仕事はその機械を常に監視しながら、品質を許容範囲(公差)の中に収め続けること。生産が終わるまでそれをひたすら繰り返して、ロットが変われば段取り替えもある。単純作業に見えて、実はかなり複雑な積み重ねです。

そしてその複雑さを支えているのが、長年の経験から染み込んだ「暗黙知」です。マニュアルには書けない感覚、音や振動や臭いで異常を察知する能力。

私がものづくりの現場にいた時、事務所のホワイトカラーの従業員と生産しながら世間話をしていた時にも『あ、(部品)交換や』『音でわかるの?』『うん』『オレ音はずっと一緒に聞こえるんやけど』『なんとなく変わるねん』『あんだけ喋ってても聴きながら仕事してるってこと?』『いや聞ききながら仕事してるっていうより変な音が聞こえたから、?っていうかよくわからんけど。。。ほらね(見せながら)』

たとえばとある運送会社の社長と事務所で話してた時のこと。

社長『!あ、いま〇〇(自社の従業員)が通り過ぎた。もう直ぐ帰ってくるな』

 私『いっぱい車通ってるのに自分のところの車の音が聞き分けられるの!?』

社長『自分のところのトラックの音はわかる』

こういう聴覚を私たちは何気なく普段から駆使しているのは間違いありません。

日本のブルーカラーが培ってきたそういうものは、現時点のフィジカルAIにはまだ難しいと思っています。

全部否定しているわけじゃないんですが

ただ、誤解してほしくないのですが、フィジカルAIそのものを否定したいわけではありません。

ブルーカラーの仕事にもいろんなレベルがあって、繰り返しが多く精度要求が低い工程——そういう作業をフィジカルAIに任せることは理にかなっていると思います。中小・零細企業の深刻な人手不足を補う手段としても、十分に価値があると思う。

問題は、どこに持ち込むかです。暗黙知が必要な工程や、品質が命取りになる現場に今のレベルのフィジカルAIを安易に持ち込むのは、少し慎重にしてほしいなと思っています。

開発者こそ、ものづくりの倫理観を持ってほしい

「AIに倫理観を持たせるべきか」という議論がよくされていますが、私はちょっと違う気がしていて。倫理観を持つべきは、フィジカルAIを作っている側の人間じゃないかと思うんです。

イーロン・マスクのテスラの話になってしまうんですが、初期のテスラってドアがちゃんと閉まらなかったんですよね。何百万、一千万円近い車を買った人が「次のモデルで改善します」という言葉と付き合い続けた。ドアがきっちり閉まらない車を一旦つかまされたらその車に我慢して乗り続けるしかなかったんです。

ものづくりへの向き合い方という意味では、トヨタの豊田章男さんとはかなり差があると感じます。そういう倫理観の薄いつくり手が世に出すフィジカルAIを、品質が命取りになる現場で信頼して使うのはまだ難しい。そこは正直に思います。

日本人の持つ道徳観やものづくりへの誠実さ、そういうものをまず開発者自身が持ってくれれば、フィジカルAIへの信頼はずいぶん変わってくると思うんですが。

数字から見えてくること

少し視野を広げると、面白い構図が見えてきます。

・日本の一般事務員:1,000万人以上
・現在の外国人労働者数:約257万人(それだけ人手が足りていない)

事務職から余剰になった中の200万人がブルーカラーの現場に移ってくれば、人手不足はかなり埋まる計算になります。「ブルーカラーの仕事がフィジカルAIに奪われる」と騒ぐ前に、こういう構図もあるんじゃないかと思っています。

行政も同じ。でも「地域差」を忘れないでほしい

ここで少し話を広げると、ホワイトカラーの話は民間の事務職だけじゃなくて、市役所や行政機関にも同じことが言えます。

ただ、行政に関しては大事な視点があって。例えば兵庫県の但馬地方のような豪雪地帯の市役所と、神戸市の市役所とでは、仕事の中身がまったく違う。但馬では冬になれば雪かきをはじめとした物理的な作業が必要になります。でも神戸はほとんど雪が降らないから、そういった人員はいらない。

「市役所のデジタル化で人員が減る」というのは一概には言えなくて、地域によって物理空間のウェイトが高い業務が必ずある。そこを無視して一律に語るのは、ちょっと乱暴だと思っています。

もちろん「今ほどの人員は必要ない」という点は変わりません。デジタル化・AI化が進めば、今より少ない人数でまわせる場面は確実に増える。でもそれは「ゼロにできる」とは全然違う話で、地域の実情に合わせた議論が必要だと感じています。

現場を知る人間として、思うこと

「次はブルーカラーの仕事も奪われる」と語る人たちを見ていると、ものづくりの現場をどこまで知っているんだろう、と感じることがあります。

ホワイトカラーがAIに代替されていくのは、クリエイティブな発想をせず単純作業を高給でこなしてきた部分の話です。それをそのままブルーカラーに当てはめるのは、少し乱暴じゃないかと思う。

年収の数字でしか仕事の価値を測れないと、ブルーカラーの仕事が持つ本質的な難しさや重要性が見えなくなってしまう気がします。ものづくりへのリスペクト、物理空間へのリスペクト、それがおそらく足りない。これはものづくり企業の経営者の2代目3代目のホワイトカラー経営者にも言えることです。

編集後記

今回はClaudeを使い、私が話した内容をそのまま記事にしています。私が書くよりも角の丸い文章になっているのはご了承ください。

それと、今「AIの使い方」を一生懸命勉強している方がいると思いますが、はっきり言っておきます。あと二、三年もすれば、その勉強は必要なくなります。AI開発は必ず人間に寄せてくる。それは間違いない。

なぜAI開発企業がそこまで使い手に寄り添おうとするのか——その理由は、とまべっちーの【生成AIの正体】に書いてあります。興味のある方はぜひ。