2026/06/30 06:18
押忍、藤本です。
前回、「文系・理系」という二項対立で時代を語ることへの違和感を書きました。
書き終わってから気づいたんですが、世間でよくやる「世代論」も、まったく同じバグなんです。
「ゆとりだから」「Z世代だから」⸺それ、思考停止です
「ゆとり世代だから指示待ちだ」 「氷河期世代だからマインドが暗い」 「これからはZ世代の時代
だ」
こういう話、よく聞きますよね。でも冷静に考えると、生まれた年で人間をスパッと区切って、ラベ
ルを貼って安心しているだけです。
どの世代にだって、泥臭く動ける若者はいます。デジタルに異常に強いシニアだっています。そこを
見ずに、メディアやコンサルが作った賞味期限切れのフレームワークに人間をハメ込んで判断するの
は、思考の怠慢でしかありません。
「文理の分断」より、もう一段悪質な理由
「文系・理系」と「世代論」、構造は同じです。複雑な個人を単純なラベルに押し込んで、考えるこ
とをやめる装置になっている。
ただ、世代論にはもう一つ悪質な側面があります。
時間軸が入ることで、「古い・新しい」という価値判断が自動的にくっついてくるんです。「Z世代
の時代だ」と言った瞬間に、他の世代を時代遅れ扱いできる。ラベルが免罪符になるだけでなく、排
除の道具にもなる。
「あいつらは自分たちとは違うから分かり合えない」と、考えるのをやめるための言い訳です。
結論:賞味期限切れのフレームを捨てろ
前回の記事で「昭和の枠組みで令和のAIを語るな」と書きました。世代論も同じです。メディアやコンサルが作った枠組みをそのまま借りてきて、人間を判断した気に
なる。それは分析でも洞察でもなく、ただの手抜きです。
目の前の人間を、ラベルなしで見る。それだけの話です。
執筆:藤本 | OFFICE JIN ※ この記事は藤本良平の発言をもとに、Claude(AI)が文章を整理・構
成しました。また気取った文体になってたらすみません。
